親の責任

 ご承知のとおり,自転車の運転には特に免許は必要とされておりません。未成年者のうち,小中学生も自転車を運転することができます。

 その結果,未成年者が自転車事故を起こした場合,法律上親の賠償責任が問われることがあります。

 未成年者が起こした自転車事故について,親が賠償責任を負うのはどのような場合でしょうか。

 一つは,未成年者が「責任無能力」の場合です。この場合,民法714条が適用されます。

 民法714条
    「前2条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において,その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は,その責任無能力者が第三者に加えて損害を賠償する責任を負う。ただし,監督義務者がその義務を怠らなかったことき,又はその義務を怠らなくとも損害が生ずべきであったときは,この限りでない。」

 この条文は,一般の不法行為責任を規定した民法709条の特則となります。
 具体的には,民法709条では被害者の側が加害者の過失(不注意)を立証しなければ敗訴してしまいますが,714条の場合,過失が推定されますので,加害者側が監督義務を怠らなかったことを立証しなければその他の要件を満たす限り加害者側が敗訴します。
 714条が適用されますと,実務上,親の責任が免責されるのは極めて例外的といわれています。 

 未成年者が事故を起こした場合,当該未成年者に責任能力が認められるか否かで,適用条文が変わり,それは上述したとおり極めて大きなことなのです。

子どもの責任能力による違い

 未成年者に責任能力がなく,民法714条が適用されると,実務上未成年者が起こした事故等について,親の責任が免責されることはむしろ稀です。
 
 それでは,「責任能力」とは何を意味し,具体的には何歳を基準にするのでしょうか。

 責任能力とは,「自己の行為の責任を弁識するに足るだけの知能」をいいます。

 自転車事故に関して言えば,
 「交通ルールを守らずに自転車を運転し,第三者に危害を加えることは,法律的に許されないこと,その場合,被害者に対して何らかの法律上の責任を負うこと,たとえば第三者に対して被害を弁償しなければならなくなること,を認識できる力」
 をいうとされています。

 年齢でみれば,裁判例をみると,「9歳以下は否定,15歳以上は肯定」とされています。15歳以上で責任能力を争うことはそれほどないと思われます。
 次に,学年でみれば,小学生は責任能力を否定するのが裁判例の傾向とされています。

 中学一年生など微妙な年齢の場合,裁判で責任能力の有無が争われることがあります。

 その場合,加害者側の代理人としては,当該未成年者が責任能力を具備していることを証明するため,未成年者の陳述書,未成年者の能力が高いことを裏付ける資料などを証拠として提出していくことになるでしょう。

 714条に基づく損害賠償請求訴訟において責任能力が肯定された場合,請求は棄却でなく,却下されます。

未成年者に責任能力がない場合

未成年者に責任能力がなければ,親の監督義務違反を理由として民法714条に基づき,親の法的責任を問うことが可能となります。

 それでは未成年者の責任能力が肯定される場合,714条は適用されず,親の責任を問うことはできないのでしょうか。

 というのも,責任能力が肯定された場合,当該未成年者を被告として民法709条に基づく損害賠償請求が可能となります。
 しかし,裁判をして勝訴しても,未成年者は通常資力に乏しいですから,裁判で勝っても回収は期待できません。
 そして,いくら親子であっても,親に法的責任がなければ,未成年者を相手に勝訴判決を得ても親の財産に強制執行をかけていくことはできません。

 この点については,最高裁の判例上,当該未成年者に責任能力が認められる場合であっても,親の監督義務違反を理由に,民法709条を適用して親に賠償責任を求めることが可能とされています。

 責任能力ある未成年者の違法行為について親が法的責任を負う場合は自転車事故に限りません。そのほか,たとえば高校生が起こした傷害事件で親の法的責任が問われたケースなどがあります。

監督義務の程度

714条に基づく損害賠償請求であれ,最高裁が認める709条に基づく損害賠償請求であれ,親の監督義務違反の有無が争点となります。
 
 それでは監督義務違反の有無は,どのように判断されるのでしょうか。

 この点,原告(被害者)側からすると,相手の親が子供に対し,自転車の運転について日常的にどのような監督をしていたかは全く分かりません。

 したがって,実際には,事故態様や不注意の程度などから親が監督義務を尽くしていたかを推察することになります。多くの裁判例もそのようなアプローチで監督義務違反の有無を認定していると考えられます。

 たとえば,最近話題になった裁判例を例にします。
 この事例は,11歳の小学5年生男児が,スイミングスクールからの帰宅途中である夕方,坂道を約2,30キロの速度で自転車走行中,対向して歩行中の62歳の女性と正面衝突したという事例です。
 
 上記裁判例でも,坂道を時速2,30キロで走行していたことや,前方をよくみていなかったという事故態様(加害行為)の内容から親の監督義務違反を認定しているものと考えられます(なお,この裁判例は控訴され,判決は確定していないようです。)。